FC2ブログ

鮒(ふな)市と恵比須

「さあ、いらっしゃい いらっしゃい」
まだ夜も明けない暁更5時頃から、活きた鮒を入れた箱を挟んで近隣より集まった客と鮒市の売り子が値を交渉し合っている。

「鮒市」は、二十日正月に出す料理「ふなんこぐい」の材料の「鮒(ふな)」を買うために、前日の1月19日に佐賀県鹿島市で開催される朝市のことで、300年以上も続く伝統行事だ。

「ふなんこぐい」は、鮒(ふな)を丸ごと昆布巻きにし、野菜等と一緒に煮込む郷土料理で、時間をかけて煮込むために、味が浸み込み骨まで食べやすくなり、出来上がった料理は、恵比寿や大黒さんに供えて商売繁盛や無病息災を祈願するという。

                 鮒市2


同様の風儀には、近畿地方で正月に食べた「鰤(ぶり)の骨」を20日間、酒粕の中に入れ、牛蒡・大根等と一緒に煮て食べる事から「骨正月」ともいわれるものがある。野菜と一緒に煮て食べ、お節料理の食べ納め、正月の「祝い納め」とした。

正月にお迎えし「もてなし」を受けた歳神さまをはじめ、万の神々が、それぞれ御帰りになるため、1月20日には正月の飾り物など全て片付けて、正月行事の締め括りの日と謂われていた。

                  具足
                  
神々に供えた鏡餅を下ろし鏡開きを行ったのは、江戸時代に幕府が十一日に「具足(ぐそく)開き」を行うようになるまで、この「二十日正月(骨正月)」が古風の習わしだったという。

そうすると此の「二十日正月」に「恵比須神」を祭るのは、旧暦十月「神無月」の際の「恵比須祭」と同様に「留守神」としての恵比須神を祭る意味ではないだろうか?

二十日正月は、「二十日恵比須」と重なって本来は「鯛(たい)」を供えるべきところを有明海のこの地域では「鯛」がそれ程は獲れず高価だったため、カタチの似た鮒(ふな)を鯛(たい)の代用として用いたと謂われている。

煮込んで骨までいただくのは「骨正月」というお祝い納めの伝統を継ぐものに違いない。または作神(木気)を迎えるために、その邪魔となる金気(骨)をしっかり噛み砕いて食べることで冬を送り、春を迎えるためと考えられる。

                     夷まわし

恵比須と大黒が登場するのは、今宮の戎廻しが本来、対の二神であったために、夷三郎を事代主(蛭子との説も)としたことから、もう一柱の大黒様が加えられたものに違いない。

個人的には、大国主と協力して建国を助ける常世からの来訪神「少彦名(スクナヒコナ)」との組み合わせの方が合理的な気がする。少彦名は、「吾は是汝の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)也」と答えているからだ。

「ふなんこぐい」の通称は、「鮒の(煮)凝り」の「ふなんにこごり」が訛ったものといわれている。
正月の神々を送り、田の神を迎えるために同じ「木気」の作神である「恵比須神」を祀り、豊作を祈願するものだろう。

                     ふなんこぐい」

「鮒」は鯛の代用との説も、実は「鮒」という字が「餌に喰いつきやすい魚」という豊漁のイメージするなら「鮒」が予祝のモノザネだったとも考えられて、ここに「ふなんこぐい」と「恵比寿」が符合する機縁があったといえる。

寒風のなか、威勢のいい「鮒市」の呼び声を聞くと、強かな漁師たちの息吹が伝わって来る。
スポンサーサイト

太良町の円座祭り

円座祭りは、佐賀県太良町大浦竹崎地区において正月の中ごろに行われる。
参加者は中学生くらいまでの男子 三、四十人が、上半身裸で集まり牛王という樫の棒の束を地面に叩きつけ奪い合うところから始まる。

円座は藁でつくった直径40センチほどの皿状のもので、「三こう」「五こう」「十こう」という三本の耳がついている。
円座の耳をもって空中高く投げあげると、先を削いだ長い笹竹で落下する円座を突き合い、その突いた部分により点数を出して競技をする祭りだ。特に「三こう」という一番小さい耳の部分を突いた者がよいとされる。

これを正月に行うのは迎春の呪術の祭りにちがいない。祭りの謎を解くには、大晦日から正月の未明に行う三重県伊勢湾沖に浮かぶ「神島」の八代神社で行われる「ゲーターサイ」と似ているため同系の趣旨をもった祭りかと思う。

                  ゲーターサイ2
                  
神島のほうは年末にグミの木を集めて直系二メートルくらいの輪をつくりそれを白い紙で巻いたもので、これは「アワ」という太陽の御姿だという。

これを島内の若者が海で精進潔斎して御幣のついた先のとがった竹竿でもって突進して突き合う奇祭とされる。

「ゲーターサイ」とは、「迎太歳」のことであり、新しい歳神を迎えることだろうと思う。
太歳は、新春の歳神さまであり木星の神格をもち五行では木気のために、新しい年神を迎える呪術としては春の木気の敵である古い天(乾)である「金気を剋殺する」ことが迎春祭祀の条件となるものだろう。

何れも旧暦の迎春行事であったものと思われるが、ゲーターサイは大晦日から正月の未明に新しい年神を迎える準備であり、円座祭りは一月の中ごろのため小正月の行事だったのだろう。

どちらも「丸い環」状のものを竹竿の先で突くものであり、突き手は若い男子であることは、小男は八卦では艮(丑寅)で季節の交替を掌る土気の働きを行うものである。

円座祭りでは男の子が上半身裸で煤を塗ってあるのは、裸も煤も土気そのものであるからだ。
丸いものは円(乾)天で六白金星であり古い太陽であるため竹竿でもって突き金気剋殺を演じるものだ。

どちらも竹竿で突くのは、竹は「火」のモノザネとされているからだろう。ここに五行相剋の「火剋金」を実践することにより「四時順行」を願う祭りとして成立することになるからだ。

このように祭りや年中行事は、人の交易を通じて共通の思いを背景にするものが多い。
この「円座祭り」もゲーターサイと共通のルーツをもつものであったにちがいない。

歳神を呼ぶ正月行事

もうすぐ正月ですが、年間のうちで最も伝統的な催しが多く催される季節が来る。
それは、暦上のサイクルが巡り、再生され、改まるという意味でのゲン担ぎではなく、本来は明確な時令思想のもとで【四時順行】の願いが込められたものだった。

正月は1年の初めの月の異称であり、その期間は3日、7日、15日、30日まで等、様々ですが、基本は新しい「歳神」さまをお迎えしてご先祖と共に祀り祝い「年魂」の更新をする事だ。

               門松1

歳神さまの迎えの準備を「正月コト始」といい、12月13日を充てることは全国にあり、その理由は本来の【立春年初】にたいする「土用の入り」のシキタリを受けていることは他の稿で記した。

                煤払い2
  
私たちは、陰陽の半ばする二季に先祖の霊を含めて祀る「祖霊の供養」を行っていました。ひとつは正月であり、ひとつは今では仏事と思われているお盆です。寅月と申月で、旧暦の1月(現2月)と7月(現8月)となっていた。

ただ暦が現行の暦に代わったために「暦上の年初」である現の新年に移し行っているのが現実だ。
お盆の方は現行暦の7月に行う処もありますが、多くは旧暦に近い「月遅れ」の8月に行っている地域が多い。ただ沖縄や奄美などでは今でも陰暦でのお盆を続けています。

正月迎えに戻すと、年の区切りという意味より、春を迎える「迎春」の祭祀であったが、現行の正月は、新年とはいえ「冬至」のあとの月で暦上も冬(孟・仲・季)の季冬にあたるため、新年ではあるが、新春には未だ早いのが実情だ。

               太歳
  
歳の神と云われる「太歳神」は、木星(歳星)の精とされ、四時順行を促し万物の生成をつかさどるという。木星の反映ですから、樹木や草に関する神格をもち、太歳神の位置する方位に向かい、樹木や草木等を植えることは吉であるが、伐採や草刈りなどは凶とされ、また争いごとや葬儀・解体などは災厄にあうが、家屋の建築や増改築、移転、商取引、結婚などは吉とされていた。

太歳の居る方角は、その歳の十二支の方位と同じですが、真正の星ではなく木星の神霊化した架空の星で、「歳の君」「一年の君」などと呼ばれ、この星の方位は最吉方となり陰陽道では八将軍の筆頭の神とされる。

木星の運行は約12年で天を1周し、天の12区画を1年ひと区画ずつ巡るため十二支の方位を決める基準となる。
ただ木星の運行は時計回りと反対のために、木星の動きを反映した仮の星を設けて木星の霊星として「太歳(歳陰)」を生み出した。

つまり十二支は木星の反対方向に同じ速度で巡る太歳の居所につけた名称である。
木星と太歳がその袖を分かつ初めは「寅」となる。
「太歳の方位に当たる土を犯すと、祟りがあると云われたのは、神格が木気であるため、五行相剋から導かれたもののようだ(木剋土)」。

               山の神

榖神(山の神)は、亥の月に山に帰り寅の月に里に下りてくるという。亥は冬の入りで、寅は春の初めで支合して「木気」となす。旧暦の10月と1月です。 
従って、正月の行事は、亥の月に帰られた榖神を再び寅の月にお迎えをする行事でした。大きく分けると四時順行を掌る「土用の働き」と春としての「木気を助ける」または木気の邪魔になる「金気を剋す」仕掛けが祭事や民俗の中に取り入れられていた。

・土気を助けるもの・・煤払いを行い土用の入りを確認、土牛を飾り土と丑の土気を強める、川渡し餅「川に甘い餅を投げいれ冬(水気)を剋する」

・木気を助けるもの・・門松など常緑樹を飾る、鰯を添えて魚(水=冬)を弱めて春を応援。

・金気を剋殺すもの・・鏡割り(白い丸い餅を木槌で割る)円座祭り(丸い藁の円座を竹竿で突く)、凧揚げ(凧は火であり金気刻殺で春を助ける)、

               もち2

ドンド焼きなど、火を用いるのは木気の障害となる金気を刻すことです、七草粥は七草を切るのではなく叩いて、粥は固く白い米を火で弱くし金気を剋するものであり七草の「七」という数も火の成数である

上記のように執拗に正月行事に「火」が登場するのは「金気剋殺」という命題を以て、春(木気)の歳神を迎え助ける陰陽五行の作法であった。

釜と竃(かまど)の神

近代的なシステムキッチンをつかい調理をする今では、想像しにくいですが、「薪」を燃料とした時代には、竃(カマド)は、鍋や釜をのせて食物の煮炊きに薪を燃やし使用する設備として必要なものでした。「くど」「へっつい」とも呼ばれ「かまど」は、囲炉裏と共に家族の生活の中心となる所でした。

「竃」や囲炉裏は、炊事などをする実用的な機能の他に、家族の団欒や夜なべなど暮らしを営むための神聖な場所とされ「竃の神」がまつられていた。

                  竃
                 
竃の傍に小さな祠を設けて榊や松をそなえ、火の神や火伏せの札を飾ったり、土製の面や木製の人形をまつるものが見られた。

宮城県や岩手県では、竈近くの柱にカマ男、火男、カマジンと呼ばれる粘土または木製の面を掛け、信越地方では釜神という木人形2体を神体とし、鹿児島県では人形風の紙の御幣を祀った。その他には炉の自在鉤や五徳を神体とした地方もあったという。

「竈」は、座敷などに比べて暗いところにあるため、影や裏側の領域、霊界と現世との境を区分する場所とし、「竃神」を両界の媒介、秩序の更新といった両義的な役割を持つ神とする考えた。

元々、竃には屋外へ煙を排出するための煙道が発達していたが住居が立柱建物に移行するにしたがい、煙道が失われ、竃は焚き口と鍋釜をかける穴のみが設けられた構造となり、薪の燃焼で生じた煙は焚口から屋内に排出され、屋根裏を通って屋根上部に設けられた「煙出し」の穴から屋外に吐き出されるようになった。

温暖多湿な気候の日本では家屋の腐朽やシロアリの被害から守るため、竃から屋内に煙を吐き出させ、柱材や家屋を「燻製」にし、防腐効果を狙うためと、竃の熱を効率よく室内の暖房に用いるためだった。

特に東日本では竃が普及したあとにも、囲炉裏が主流として残ったところが多かったのは、冬が長く、夜が長い北部日本では、暖房や照明用として家の中央の囲炉裏で常に火が焚かれているほうが、別に竃を設けて調理に使うよりも燃料の効率が良かったためである。
                  
他に、私たちが日常に用いる「オカマ」という俗語は、「お釜か、お竃か」、無意識につかっていますが、女装した男性芸人を呼ぶ場合は、いわゆる男色の対象としてですからお釜ではなく、後ろに排煙用の穴があいている「竃」のほうをさすことは容易である。

車を後ろから衝突される事故を、俗に「オカマを掘られた」というのはそのことであり、バイセクシャルの男性をオカマと呼んでいるのも同様であろう。
今日では、オカマの芸人も認知されているため、とくに卑俗な呼び名とされなくなっていますが、歴史的には人類の創生期まで遡るものと思う。

             囲炉裏2

囲炉裏も竃も、神聖なのは、食べ物を煮炊きする「火「」に関わるとか、霊界と現世の媒介をする暗い場所だからというよりは、陰陽五行の「土気」の働きを象徴するためである。

土気は、方位では東西南北の中央に位置し、また四季においてはどの季節にもかかわり新しい季節の生死転生を司る両義性を有するからである。
また、土気は生死も含め人をあらわすため、囲炉裏や竃で食物を煮炊きする火は、人の祖神であるとされている。五行相生では「火生土」の理のためと考える。

家の中心にあり、家族の食料を煮炊き調理する「火」は土気としての人間の気を生み護る「火の神」としての竃神であろう。

                火2

火の神としての竃神は女性神でありそれに奉仕するのは「火男」である。
火男(ヒョットコ)は火に仕える少男でもあるのだろう。少男は易では「艮」であり九星では八白土星、「松」にあたるからです。

竃に、榊や松を備え、土でこしらえた人形を飾るのはそのような慣わしからでしょうか。
私たちの祭りに「火」が多く登場するのは、それはただの火ではなく陰陽五行が負う「火」の働きをあらわしています。竃神と竃の関係も、そのような火と土との相性に違いない。


わらすぼ

 路地にひっそり佇んでいる古びた構えの居酒屋があった。
紺地に白抜きの、色褪せた暖簾に、「わらすぼ」という店名が染め抜いてある。
陽が暮れ始め、入口の脇の赤提灯が頼りなげに点っている。

             居酒屋

建付けが悪いせいか、少し重い引戸を開けて覗くと、
「いらっしゃいマセ」と、少々イントネーションの耳慣れない女性の声が迎えた。
細身で、小柄なかみさん風だが、どうやら肌の色が濃く、一見して東南アジア系の娘のようだ。
―――奥さんだろうか。
小上がりの卓がひとつに、あとはカウンターだけのこじんまりとした店だ。
十人も入れば満杯のつくりである。

           居酒屋カウンター

カウンターの前半分が冷凍ケースとなって、鮮度の必要な魚類の食材が並んでいる。残りの半分のうえには、焼酎の一升瓶がかなりの銘柄数で並べられている。
それを挟んで奥には、頭にペイズリーのバンダナを巻いた店主らしい男が、下を向いて料理の下ごしらえをしている。

わたしが、席に着くと「いらしゃい!」と、旧知の顔を覗くように頭をあげた。
人の好さそうな、小太りの体形に、丸い眼鏡の奥から小さな目が笑っている。ただ微笑んだ口もとから数本欠けた不揃いの前歯が飛び出ている。ユーモアのある風貌だが、たぶん怒ったら牙を向くかも知れないと思った。

「オノミモノハ、ナニしますか?」
右手にメニュー表をかかえて、その奥さんのような女が訊いてきた。
仕事から解放され、喉も乾いていたので
「とりあえず、生を!」

手にとった品書きから、酒の肴に・・・「本日のおすすめ」と書かれた箇所をみると
刺身:アジ、ヤリイカ、鯛、タコ、ワラスボ・・・とある。
          
出張の多い仕事は、その地方の地酒や珍味と出合うことが愉しみである。
知らないメニューをみると、取りあえず注文する癖がついた。
「大将、このワラスボって、なんですか?」

―――そういえば、暖簾にもおなじ文字があったと思う。
「ワラスボですか?……この辺りの干潟でとれる魚ですよ。干物にして酒のツマミにしますが、今日は
刺身もいけるくらい鮮度がいいので載せました」と、大将はカウンターの上に吊るした黒い蛇のような物体を示したあと……
「生は、これですよ」と、食材ケースから実物をみせてくれた。―――地元の人間ではないと気づいたようだ。なんと、これまでお目にかかったことのない生物だ―――。

            ワラスボ干物

有明海の干潟に生息し、内臓や血管が透けて見え、ぬるぬるとした白蛇のような体と、歯をむき出しにした貌は異形の生命体だ。
カウンターのうえに干してある物体の黒く異様な頭部からはノコギリのような歯がむき出しになり、まるであのエイリアンの形相である。

「暖簾にかいてあるのもこれですか?」と―――どこか眼鏡の奥の小さな眼と欠けた歯が出ている風体の大将のイメージと重なった。
「子どもの頃、よう苛められたんですよ、ワラスボに似てるって……そこでこの店開くとき、いっそのこと逆手にとって店名にしたんです。おかげさまで、ツッコまれるようになりました」と笑う。

            ワラスボ

折角だから、そのワラスボの刺身と干物の炙りも一緒に注文をした。

ビールから、焼酎の水割りに替えて、炙りのほうから摘んでみた。マヨネーズに七味をまぶすと独特の汐の香りがくすぐる。
あの宇宙の生命体のようなカタチからは想像もつかない香ばしさがある。
続いて出されたワラスボの活造りは、白身というよりほんのり薄ピンクの色がさしていた。
わさび醤油につけて口に運ぶと、けっこう弾力性があり、甘味もある。姿に似合わず「イケル!」と思った。

             ワラスボ刺身

その後、大将とよもやま話を交わしながら焼酎談義をした。
グラスに、アイスペールに氷と水を預けられ、勝ってに焼酎瓶から好きな銘柄を好きな濃度でやる仕組みのようだ。
帰りに、自己申告で何杯飲んだかを言えばいいのだ。おおらかというか、商売気がないというか、何か得した気分で店をあとにした。
              エイリアン
        
シガニー・ウィーバー主演映画の「エイリアン」の意匠がワラスボをヒントにしたというのは、まんざら嘘でもない―――と、ほろ酔いの頬に夜気を受けながら宿への路を辿った。
 
プロフィール

jyoumonjn                                      K.やまだ       in SAGA 

Author:jyoumonjn        K.やまだ in SAGA 
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ポインタ・スイッチ




最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR