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年玉と年魂

12月31日は、一年(稔)の最期の晦日で新しい年魂を向かえ、万物の命の更新を行う日でした。
古代はまだ平均寿命も短く、特に出生まもない乳児の死亡率も高く、生死の成り立ち、繰り返しは
日常の暮らしに身近にあったものと思われます。
死ぬということの理解に、蛇や蝉などの脱皮する現象としての脱け殻が動かなくなる様子を重ね
体の中ののモノ(魂)が抜けてしまうことが人の死でもあると考えても不思議はなかったのでしょう。
               もち2

魂は弱くなると病になり、抜けてしまうと動かなくなり腐ってしまうことが死ぬことだと考えたものに
ちがいありません。そこで定期的に魂の更改を行うタマフリが重要であり、人は食物を食べないと
弱って死んでしまうために特には米の力とそれから作られる餅の力を魂とかんがえ年の更新には
餅を供え共に頂くことを「年魂」としたものでしょう。
一年をかえて育てた米の魂を年魂として餅に加工して、新しい年の魂を見につけることが年迎えの
祀りだったにちがいありません。
年越しとは、生命、年魂の更新、更改、脱皮をもどくものであったためにこの日を境に古いものは
禊ぎ祓い、清めをして新しいものに更新していったものでしょう。
住居や心身を清め、衣服や食物、水もあらためる風習として伝わったにちがいありません。

今日では『お年玉』として餅ではなくおカネをあげてしまうので・・「年魂」の意味も薄れてしまい
産業も農業を中心としたものから別のものになったために永い間の米つくりから培った民俗や文化も
その形式のみが実利的に残るだけとなりました。
『お年玉』もまだ硬貨であるうちはまだ、「タマ」の名残もあるのですが、それがお札になったり
商品券になったりすると・・すっかり「年魂」の影は遠くになってしまうようです。

これはこれで時代の変化だから止むを得ないとしても、現実には私たちが大切にしている祭りや
能などの文化もこの永いあいだの民俗、暮らしの中から生まれその作法として口伝されているものが
多いのですから、あながち旧習として軽んじるわけにもいかないと思います。
そこで民俗や祭りの伝承もその形式だけでなくそこに至った信仰の面から考えるきっかけなればと
思っています。
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