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陰暦と神在り祭

「神無月」は陰暦の10月(亥月)で日本中の神々が出雲の地に集まるため出雲では「神在月」と
されています。イザナミの無くなった月のためにその「追慕」のために集うといわれる。

この場合、三つの意味において考える必要があるようだ。
ひとつは、出雲という場所が大和からみて極陰の北西の地であること。
二つには、イザナミノミコトはイザナギノミコトの「陽」に対し「陰」の象徴であること
三つには、陰暦の10月は「亥」で極陰の月をあらわすこと。

つまり、陰の地で、陰の時に、陰の象徴をまつる「陰」の祭なのであろう。
易、陰陽五行においては一年は子(旧暦11月)から始まり、翌年の亥月で閉じる循環をする
ことが暮らしのサイクルとなっているようだ。

そのため子の一陽来復から陽気が発動するためには、必ず「無」「ゼロ」ということを前提と
しなければなりません。つまり「有」は必ず「無」を於いて生命の発動を伴うということです。
旧暦の10月は「亥」(ガイ)で全ての生命が閉じその殻の内に次の生命を宿している状態です。
従って、亥の祭である「陰」の祭は一年の始まりを迎えるためには欠かすことができない神事と
なっているのでしょう。

そこで上記の出雲、亥月、イザナミという物語だ設定されているのでしょう。
出雲では五月も「裏神在月」と呼ぶようです。これはたぶん旧暦の4月(巳月)のことだと
思うのは亥月が全陰であるのにたいし巳月は、万物が繁盛の極みに達した月で亥に対峙して
全陽のためだと思われます。

万の神々は亥月のに出雲に向かって旅立ち10日には集まるようです。そして11日から25日まで
神在祭を行うため、本来はモノ忌みの期間とするのだったらしい。11日~17日は上忌み18日~
25日は下忌みとして25日には再度、神々にお帰りいただく「神送り」を行うのだといいます。
くわえて30日にも念のために神送りを行っているようだ。
                 出雲大社2

今日では、厳密に陰暦で行うと日時が動いてしまい周知しにくいため、月遅れで新暦の11月に行い
上忌みを省略し20日~25日の下忌みを行っているという。
、明治5年12月3日を新暦6年の元旦とする改暦いらい太陽暦としたので多くの祭祀がその時を移したり
したため長年の文化に違和感が生じてきていますが、できれば出雲の「神在蔡」だけは純粋に太陰太陽暦
で行ってもらいたいと思う。

その年の祭礼の日を予告周知をおこない陰暦での催行を続けることが本来の「陰」の祭としての
「神在蔡」の目的であるとを考えるからです。
新暦は簡単で便利ですが、永い太陽太陰暦の歴史と文化の豊かさを喪失することになると、力づくの
新興国の文化に席巻されかねないと心配します。
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