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サナボリという宴

沖縄では既に梅雨明けしたようですが、当地ではまだ梅雨の真ん中です。
例年この時期の大雨は洪水や土砂崩れの災害をもたらし大きなニュースとなりますが、
自然は好んで災いを起こしているものではないのでしょう。
国土の7割を山地が占め、急峻で短い河川を特徴とする我が国土にあっては
ある程度やむをえないといえるかも知れません。
古来よりこの河川の氾濫と付き合いながら治水、利水の工夫を生み出し
耕地を広げ人々は暮らしを営んできました。
        田植え2

雨の多いこの時期に山の神を里に呼んで、田の神として田植えを行ったようです。
ところが今は稲作も多くの作業が人手によらず機械に任せるようになり、
昔から続いた田植え神事も行われなくなったようです。
しかし私たちの暮らしは常に八百万の神々と共にあったという信仰こそ
社会の範として私たちの暮らし振りを形成してきたことも事実でした。
畔に神を招き酒や供物を捧げその年の作業の無事と豊作を祈願した。
神の巫女でもある早乙女らが苗を田楽の調子に合わせて植えた時代も
あったようです。
これは田の神のもとで苗を植え神遊びとしての感謝をする芸能でもあり、それぞれの郷土芸能のルーツとして地方色の強いものが残っていたようです。

田植えが一通り終了すると、神さまに感謝し、田からお上がりいただく感謝の宴も奉じていました。
「サナボリ、サナボイ、タキトウ」などと呼ばれたものです。
各家では、ご馳走をこしらえ、モチや酒と共に田の神にそなえ
そのあとナオライ(直会)と称して神と共にいただきました。
このときに田植えの手伝いの賃金なども決めていたといいます。

サナボリは田の神を降ろす「サオリ」と対になりますが、本来は
旧暦の六月の未の月に行ったようです。
それはサノカミである木気の三合では亥、卯、未に渡って生旺墓と
循環したからのようでした。
つまり未月は巳午未の夏の終わりと共に三合の木気の納まるときでもあり、田植えを終えたサノカミが上がられるにはよい季節でした。
ところが今ではそのような理由も薄れて田植えが済んだ頃に、地域や
家ごとに感謝の宴として残されているかのようにみえます。

このように常に、祖霊もふくむ見えない神々とともに暮しているという信仰こそ
日本人の驚くべき勤勉さを育てた理由でもありました。
産業の重心が二次三時産業に移った今でも職業にかかわらずこの神々との共生の感覚こそを大切にできれば
安全で住みやすい国となる気がするのですが・・

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