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正月と松の霊力

師走も押し迫ってきましたが、一年の初めの正月(年神)を迎える準備として全国に共通しているのは12月13日を【正月事始め】としていたことである。

農村の過疎化が進んでこの間にクリスマスなど洋風文化などがあるため、厳密な意味での正月を迎える手順を行うところは少なくなったようです。ただ伝統的な作法を残す神社仏閣などでは今でも12月13日を「煤払い」の日として笹竹などで埃を払って清めているところが多い。
                
他に地域で独特な正月迎えの風習もあるようですが、比較的おおく見られるのは正月用の松を山にとりにいく【松迎え】が13日と決まっているものです。佐賀の松浦地区では【年木(トシギ)節供】と呼びます。

                松2

この民俗について、幾つかの素朴な謎はないのでしょうか?ひとつは、なぜ12月13日となっているのか?二つには何故【松】なのか?ということです。

煤払いについては、旧年を閉じて、新しい年を誕生させる陰陽五行における「土気」の両義性の働きを祀るためであることは以前の稿で記しているため、二番目のなぜ【松】がこれほど重宝がられて主役となっているのかについて古代思想の視点で考えてみます。

                門松1

・一般的には、松は「門松」として年神さまが寄り付く「依り代」だから、松を山に迎えにいくのだとしている。
・「松」は、常緑樹として風雪にも耐え、色が変らないため子孫の繁栄に縁起がいいからとなっている

しかし、神様の霊木としては松の他にも「榊」や「樅」の木などもあるし寧ろ「榊」のほうが
字のごとく神の木として玉串奉奠などに用いられています。
ということは、正月の神さまが依りつく特別な理由がなければならず。ただ松が常緑樹であるからとか年神さまが好むからということでは説明にならないのではと思う。

そこで、あらためて【松】の霊性について考えてみると、
ひとつは、正月は昔【立春正月】でしたので松は冬から春という季節を呼ぶための採りものであり呪物であったということです。

干支でいえば春は寅からであり、その前の「亥・子・丑」が冬の3ヶ月となっていて立春の寅月は、冬の終わりの丑月を「境」として迎えるため、四季の転換を司る「土用」は立春の前の18日間に配当されています。そこが正月を迎える事始めとしているのが12月13日となっている理由ではないかと思う(旧暦では31日はない)

そして立春を迎える前日をとくに【節分】として春を迎えるための神事を行いますが
「松」がこれほど正月に持ち出されるのはこのへんに理由があるようです。

                能舞台3

松は霊木として現世と隠り世の「境界」を仕切る神木であると同時に、冬から春に移る陰陽の交替を図るものということです。
また能舞台の正面には【鏡の松】として「幽玄能」のシテが登場する舞台装置にもなっています。

                博多松囃子1

他に、5月の初めに200万人の観光客で賑わう「博多どんたく」の元である「博多松囃子」がありますが、これも本来は正月の祝賀としての風流芸であったことを考えれば「松囃し」という名であるのも理解できますし、正月の初子の日に小松を引く風習も各地で多くみられたようです。このようにコトほど正月には「松」が登場して活躍するのであります。
                
松といえば、孝徳天皇の皇子である有馬皇子が皇位継承の争いに謀反の疑いをかけられ、白浜へ護送される途中で作った歌に、「磐代の浜松が枝を引き結び 真幸(まさき)くあらば また還(かへ)り見む」というものがあります。これも「松」の霊木としての力に自らの死地に向かう心境を託したものでしょうか?

                有馬皇子

立春前日の「節分」の豆まきは、鬼を呼び出し、その鬼を炒り豆をまいて追い出し「春」を迎えるのですが、鬼は承知のとおり「牛の角と虎の皮のパンツ」を着けたいわゆる丑寅(艮)のシンボルとして登場していて、「松」もそう考えると春を迎えるための呪物ではないかと考えます。

木篇に四季の組み合わせの字には「椿」、「榎」、「楸」、「柊」と四季に対応しているのですが、冬と春の「境」を表す「丑寅の木」が必要になるはずです。
そこで「松」という字形をみると、古字は木へんに八白(または八口)となっていて九星図の八白土気の解字であり八白土星は、東北の【丑寅(艮)】を象徴する霊木となっているではありませんか?

正に鬼と同じように「丑寅」を演じる木であります。門松の木を「鬼木」と呼ぶところがあるのは「丑寅」の「鬼」を差すもので鬼は「穏(陰)」であり、冬の陰の季節から春の陽の季節を迎える重要な採り物としての役目があったのです。

山に取りにいく(伐るとはタブーで云わない)のは、年神さまは榖神のため山から帰って来るだけではなく、八卦では山は艮(丑寅)であり季節転換の土気(土用)のためでありましょう。

そうすると、【松の内】についても通説では「正月の松飾りを外すまでの間」が最も多いのですが、松の説明になっていません。これは私見ですが「松の内」とは季節が立春の寅月を迎えるまでの松(丑寅)の内と考えれば四時順行を祈念とした暮らし方と合致するものではないかと考えます。

このことが一年のうちで立春正月を待ち焦れた民の【松】にたいする思いであり信仰であったと思います。
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