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王権と「徳」

「不徳の致すところにより・・」
為政者がその地位を追われる際の弁明に用いられ、判で押したような口上が残っているのはどういうことでしょう。
近年の政治の攻防をみると政治に徳を求めている風には全く見えないのですが、このように政治家の進退窮まる場面においてなお繰り返されるのはよほど「政治」と「徳」が深く関わっていたものと思う。

王権が覇を競う下剋上の時代は、国家の簒奪の手段として「武力」はあたりまえでのことでしたが、王権を奪うことと内政を統治することは一つではなく、領民の安心と国家の鎮護には武力よりその王権の正当性を周知させることが重要でした。
                       王2

多くは、君主の統治権は「天の命」によるもので天帝の託宣により王権を行使する者として臣下、領民とも従うことが求められる「王権天授」の思想でした。
逆にいえば君主に徳がなければ治めることが能わないという「徳治主義」の考えは、三千年以前の古代中国の思想として続いていました。

自然と人間、天、人、地は、気が連なっているため、人の行為の善悪により自然現象の吉凶、災害に異変は現れるという「災異思想」でもありました。
             王権

そこで君主は統治に於いては自然の災害や農地の生産力に腐心し、治山治水を主として、自然災害を防ぐと共に、一年の季節の変化や法則を求め、領民のために季節毎の時令(じれい)を発してきました。
時令は為政者が季節ごとに発する、自然現象や四時の変化を整理した「農事暦」のようなもので、どの時期にどのような農作業をするかを細かく記した暦でもありました。

このような君主の政治の善悪が自然界の吉祥や災異を招くという天人相関説(漢代)は天災や飢饉、疫病も君主の責任とされ、君主の「徳」が失われたことの証ともみられました。

つまり古代王権においては甚大な被害を及ぼす天変地異は領民の畏怖するものと同時に君主にとってもその王権の拠り所とする「徳」、「霊力」の衰えと見なされるために大変に忌むべきものだったようです。

その為に古代王権の第一の任は、天神地祇を祭り、天意を伺うことで、中でも天文と時令(じれい)が研究され農事暦を編纂することは政(マツリゴト)の要だったようです。

国家の安寧と天文、四時巡行を願って諸子百官を集め天文や暦学を研究させ多くの古代学としての天文、陰陽説、五行説、易経、風水説などを生み出させた。
天の声を聞いて四時の変化を予測し災害を防止し領地国家の鎮護を願うのは君主の「徳」の為せるもので天変地異は王権の「徳」を失うことのため何度も「命」を変える「易姓革命」のを繰り返して来ました。
                   兵

覇を争う過程において多くの非業の死を遂げた者の霊を畏怖し祀ることは祟りとしての災厄を免れると共に、王権の「徳」の喪失を恐れんがための祭祀(政)でした。政治を「マツリゴト」と呼ぶのはこのような経緯からのものでしょうか。そして天意を聞くのはシャーマンとしての王女や、祭祀を司る官僚たちでした。

王権の正当性は「徳」にあり、武による王権の簒奪も領民領地の統治は善政によらなければないという徳治主義があったのでした。
それが故に「不徳の致すところにより・・・」という慣用句が今日までDNAとして残ったもののようですが、「利」に走る今日の政治家には不似合いなセリフに見えてきます。

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