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歌垣と花いちもんめ

           勝って嬉しい 花いちもんめ
           負けて悔しい 花いちもんめ 
           あの子が欲しい あの子じゃ分からん
           相談しましょう そうしましょう

この歌詞から童謡「花いちもんめ」は貧しい時代の人身売買を映した哀しい歌とされますが、実は中国や東南アジアなどにも同じような遊びが見られるようです。一列に並んで隣の人と腕を組んで足を上げる踊で、若い男女が歌いながら相互に求婚する古代の「歌垣(うたがき)」に似ているという。

花いちもんめ
             
歌垣は、特定の日と場所に老若男女が集会し、飲食しながら歌を掛け合い、対になり恋愛関係になった。春秋に行われ、豊穣の予祝や感謝の意味を持っていたとされる。場所は、山頂、海浜、川、そして市など、「境界性」を帯びた地域が多く、常陸の筑波山、肥前の杵島岳、摂津の歌垣山、大和の海石榴市、同軽市などが知られ、今日の市の立地条件とは趣を異にします。

歌を掛け合うことにより、呪的言霊の強い側が勝ち相手を選び、負けた側は相手に服従したとされ、男女間の求愛も、言霊の強弱を通じて決定されたとする。

すると「歌垣」が何か抒情的で浪漫あふれる風俗のように見られますが、その行われる山や浜、川、峠、国境の辻々など、古代の集団が市(イチ)を設けて互いの必要とされる品々の交易をもった場所でした。
市は「齋ち」であり神を降ろし市神さまの下でそれぞれの所有者の「魂」を祓い無縁の状態として交換していた齋庭(いちば)でした。

 歌垣山

歌垣が市の中で行われることは、若い男女の自由な交歓を目的としたというより、それぞれの集団ごとに必要な交易品としての「カエコト」のひとつとして互いの性の交歓が含まれていたと考えるほうが自然な気がします。

小集団の婚姻は同族婚が主だったとすると血縁の濃さを克服するには、定期的に族外婚を入れることは必然であり、とくに古代社会が「生む力」を崇める「地母神」に見られるような「母系社会」であったならば、婚姻のカタチは自然と妻処婚(妻問い婚)となったはずだ。
妻問婚では子の帰属は母の集団に属し、母の元で養育されていったと思われる。

地母神


このようにヒトが性交と出産の関係を認識するまでは、「親」とは「母」のことを意味したのであり、誰が「父」かという概念は薄いままでした。
従って、母子に対する父親からの縛りも薄く、母親も比較的自由が恋愛意識をもっていた。日本では同母の兄弟姉妹の婚姻が禁止されたわりには、同父親同士をタブーとすることのがなかったのは、つまり母系社会の婚姻からの系譜であったからでしょうか。

妻問い

妻問婚を現代の婚姻観により評価してしまうと、いわゆる「夜這い(呼ばい)」や「「嫁盗み」なども歪曲されてしまうに違いない。
何故なら、昭和の初期まで「嫁市」とか「女市」や「奉公人市」と呼ばれる「人が取引の対象」となる「市」が立ったとされています。

このような民俗を一時代の倫理感で縛ってしまうのは危ういものを感じます。
「はないちもんめ」が人身売買の歌であるとか、「歌垣」が何か万葉の浪漫であるかのような思い入れも、古代からの集落間の交易の変遷の中で想像力を働かせて考えることが必要かも知れません。
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