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蝙蝠(こうもり)

蝉を追って山に入ると、照葉樹に囲まれた細い獣みちの下は、急な傾斜だった。崖の底はシダや灌木に覆われた沢に続いている。
渓流沿いの岩壁には、鬱蒼とした木々の葉に隠れた、秘密の洞窟がある。浩太は、この隠れ家を探検するのが愉しみだった。ゴツゴツした岩肌を這うように進んでいくと、時折、見知らぬ生物が飛び出す。

                 コウモリ2

暗闇の中から、突然、頭上をかすめるように飛び交う。―――コウモリだ!

夜行性の生き物は、昼は、洞窟や廃坑などに、葡萄のように垂れ下がって固まっていた。人が中に入ると、そのうちの何匹かは驚いて飛び出してくる。

浩太は、以前にコウモリを捕まえようとして、Tシャツを脱いで岩盤に近づいたが失敗したことがあった。きょうは念のために、昆虫採集用の網を用意し、狭い洞窟にあわせて、柄を少し短く切っておいた。

足音を忍ばせ、岩肌の天井の黒い生き物に近づいて……、一気に網をかぶせた。
驚いたコウモリは、網の中で黒い羽をばたつかせている。浩太は網の中に手をいれ、暴れるいきものを指で捕まえると・・・指先に、チクッと針を刺されたような痛みが走った。

コウモリの歯が、こんなに鋭いとは知らなかった。痛いというより棘(とげ)にさされた感覚だ。
用意して来た虫カゴの中に移して、獲物を家に持ち帰った。
              
                 こうもり3

―――薄くて黒い幕のようなものを、大きく広げて飛び交う太古の恐竜のような姿が見たかった。部屋に戻り、その生き物を籠から室内に放すと、その虫は自由になり、八畳くらいはある部屋の天井いっぱいに飛びまわった。

別名、飛鼠(ひそ)とも呼ばれ、鳥とも鼠とも違う不思議な生き物を、宝物のように眺め観察した。スケッチも何枚かしてみた。
夜行性で、黒い姿から、なにか不吉な生物のように思われているが、中国では、蝙蝠は「福が偏り来る」とし、「蝠」の字が「福」に通じることから、幸福を招く縁起物とされた。また百年以上生きたネズミがコウモリになるという伝説もあり、長寿のシンボルともいわれている。
我が国でも、和服の帯や羽織などの模様として粋好みとして珍重されていたようだ。

                  帯コウモリ

*****

「浩ちゃん、やはり、家で飼うのは無理じゃないかしら?」と、母は言った。
・・・・
浩太は―――ネズミだって家にいるんだから大丈夫だろう―――と、内心、反発した。

水や餌に与えて、観察した。窮屈そうにみえるので何度か室内に放ってやると、嬉しそうに天井ちかくを飛びまわった。
それから数日がたった朝のことだった。寝苦しい夜が明けると、浩太はいつものように部屋の中を探してみたが、なぜかコウモリがいないのに気付いた。

天井も、本箱の裏も、カーテンのたゆみも・・・手にとって探してみた。
どこにいったのだろう―――。
                  コウモリ

すると、窓のわずかな隙間から風が動いている。閉めておいたはずのカーテンが静かに揺れている……。
カーテンを、恐る恐る、よけてみた。突然、何ものかが軒下をかすめ、墨色の山のほうに向かって飛び去った。
―――仲間のいる棲みかに戻ったのだろうか―――。
「野生だから、長生きできないよ・・・」と、父の言葉も浮かんだ。

夜になると……父は、なぜか菓子の袋を手にして帰った。そのカステラの箱には、あの生物が描かれていた。
ただ、浩太には、あの窓を開けたのは誰だったのか……謎は残ったままだった。

                  福砂屋
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