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酉の市

来る平成29年は「酉」となります。十二支の十番目、十干と組み合わせると「丁酉(ていゆう・ひのととり)」陰陽五行で表示すると「火の弟(と)・酉(とり)」となる。鳥と区別するため「日読みのとり、酒のとり」ともよぶ。

            酉
明治の改暦により、それ以前から続いていた年中行事や祭祀がおよそ1ケ月から最大2ヵ月ぐらいのズレ(文化の断絶)が生じている。例えば、「桃の節句」は歌のような花は咲かず、「七夕」は、梅雨の真ん中で天の河が見えることは少ない。そこで奈良県の天河村では旧暦のまま七夕を行うといいますが、湘南平塚(神奈川)の七夕祭りは今の7月7日に行い、仙台の七夕は8月7日(月遅れ)に行なっている。

つまり旧暦の行事を、そのまま太陽暦に移して行うもの、せめて1ケ月遅らせて季節感の調和をとるもの、毎年の日程は変りますが、かたくなに旧暦を守っているものに分かれています。
沖縄や奄美地方では、旧暦で行っているものが多く、出雲の神在祭に関わる一連の祭祀も、旧暦の10月(現在の11月中)に行っていて毎年、日程が異なっています。全国の神々が、新暦の10月に出雲に到着したところ、一カ月以上も現地で待たされてしまうということになるのですが・・・。

笑い話のようですが、明治の改暦の際には、婚礼の日取りなどで実際に起こった勘違いでした(婿は旧暦にて約し、嫁は新暦により来たりしならん・・・つまり早く着き過ぎたようです「明治6・11・27*東京日日新聞」)
日本文化の基礎を育んだ江戸期までの太陰太陽暦(旧暦)では「冬至を含む11月を子(ね)」とし、正月を春(寅)としていた為に、今も冬季の改年なのに新春という年賀を用います。

         福熊手

年ごとに日程が異なる年中行事に、干支を祭りの名に冠した「酉の市」は、旧暦11月の酉の日に行ないました。酉の日に行なうため年毎に動きますが、どうやら斎行の月は、現在の11月に移しても問題ないかに見えますが、酉の市の行われていた旧暦の11月は丁度、今でしたら12月の5日(辛酉)が「一の酉(最初の酉)」となるはずです。

11月という冠だけ借用して酉の日に行なうと分かりやすいかも知れませんが、厳密にみると
酉の市の由緒を、ヤマトタケルノミコトの戦勝の返礼に武具である熊手を立てかけて祝った日と伝えているようですが、どうして、旧暦11月の酉の日に「酉の市」が行われたかを推理する必要があります。

               地来復
旧暦11月は「冬至」を含む月でしたから、易でいうところの「地来復」(全陰の亥月から、新しい生命が種子の内から萌(も)やし始める、「地来復」の子)としています。
縁起がいいので「一陽来復」と称して盛んに「冬至祭」が行われました。来復を「来福」と読み替えて祝ったのでしょう。更に、一陽来復の11月と酉の日を組合せて「福を取る」という招福の祭としたのが「酉の市」ではないかと指摘したのは、吉野裕子氏「十二支(人文書院)」である。

・11月は、冬至を含み「一陽来福」の縁起のいい月である
・酉を「取」と見なして「福を取る(かっ込む)」につながり、福をかき取る熊手などが縁起物とされる
・酉は就(なる)也(説文解字):成熟が完成した状態、収穫のとき。五行で金気の旺気となり金運が上がるとされた。
・八卦によると酉は、方位は西「兌卦」であり、兌は悦の原字であり、凹(窪み、穴)をしめし
 おちょぼ口を形象する「お多福」とされている。酉の市の縁起物の中心に「お多福」が据えられるのはそのためのようだ。
 吉祥飾りが盛りだくさんですが、11月の酉の市には、お多福と熊手が中心に座すのはそれゆえであろう。

              お多福

一見、太陽暦の11月でも、酉の日であれば問題ないようにも見えますが、酉の市の縁起物に「おたふく」の登場が説明されていないと思われる。
「酉の市」は、浅草の鷲(おおとり)神社などが有名。この日、神社では「かっこめ」という稲穂がついた小さな熊手のお守りが授与され、境内では縁起物の飾り熊手の露店が立ち、大勢の参詣客でにぎわう。

           鷲2

「酉は就也(説文解字)」、就は「なる」と読みますから、鷲(しゅう・ワシ:猛鳥の一種、鋭い爪とくちばしで襲い就き捕獲する)
就:京(大きい丘)に寄せ集めて就ける。「鷲神社」の字の中に寄せ集めるとの意味が含まれています。つまり熊手は武具というよりも「酉は就也」を敷衍(ふえん)するワザオギの採物(とりもの)かと思う。(ワザの原義は神意、威力ある神霊、また、それを発現させる呪術のこと、オギはヲグ(招く)の意)

また「酉の市」は、一の酉から二の酉があり、年によって三の酉まであるが、「三の酉まである年は火事が多い」との俗信は「金生水」の水の親である「お酉様」の出張りが多いことは火事が多い喩(たと)えとされたものでしょう。

            鷲神社

日本の祭は「以心伝心」、「秘すれば花」のごとく言挙げしないため、祈願祭ごとの設計が示されないようです。このまま改暦の事情も考慮せずに伝え継いでいくと、ただの商業主義のイベントに化してしまう恐れがあります。日本の祈祷文化を残し伝えるなら、そのような祭りの基本構造を推理することも大切な作業です。


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