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ふたつの「卯月」

  卯の花の、匂う垣根に
  時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
  忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

  さみだれの、そそぐ山田に
  早乙女が、裳裾(もすそ)ぬらし
  玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

日本の歳事は、明治5年の改暦までは永い間、旧暦(太陰太陽暦)によっていましたので現行の暦より凡そ1ヶ月ほど遅くなっています。いま五月中旬を過ぎですが日本文化の基礎を創った時代の旧暦では、四月(巳月)となります。

上の唱歌にあるように、五月の田植えの前に苗植えをする頃から植え月を「卯月」としたとの説もあるようですが、立夏をすぎた丁度この頃、白い空木(ウツギ)の花が咲くため、「卯月」は夏の季語として詠まれます。

          卯の花

ところが紛らわしいことに、十二支に於いては、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥となり、寅月から始まる旧正月のあとの仲春の月が「卯月」になります。しかし和名では旧暦四月を「卯月」とするために、二つの「卯月」が出現して混同します。
       
 干支   旧暦  現行暦  和名暦
  子    11月 12月   霜月
  丑    12月 正月   師走
  寅     正月  2月   睦月
  卯     2月  3月   如月
  辰     3月  4月   弥生
  巳     4月  5月   卯月
  午     5月  6月   皐月
  未     6月  7月  水無月
  申     7月  8月   文月
  酉     8月  9月   葉月
  戌     9月 10月   長月
  亥    10月 11月  神無月


そこでひょっとしたら旧暦の四月をもとは卯月と表記しなかったのではという説もあるようです(吉野弘子)。

太陽の消長を一年としてみると、冬至を含む子の月から始まり、亥の月で終わることで、その意味もふくめ自然に思うのですが、子が陽の消長の初めを表すために、太陽年の基準となっている冬至(地来復)の象形とし、終わり(了)と初め(一)を合した子をもって一年の初めとするのには理があるようです。

                地来復
           
実際に周の時代には、子月を正月とする一年でしたが、その後 立春を一年の始まりとして寅月からの太陰太陽暦(旧暦)が永くつづいて、明治5年の太陽暦への改暦では5年12月3日を6年の元日とほぼ一ケ月繰上げたために、未だ冬の「丑月」を正月としています。便利ではありますが、永い間の季節感とは歪みが生じているようです。
            
易では、太陽の消長を八卦の爻で表しており、旧暦の11月を「子月」として冬至の「地来復」から陽気がふえてきて6番目の月である巳月は上下六爻とも総て陽になった「乾」となります。

               乾
           
「乾」は、陽気が極まった「有」の月であり、天風姤の「午月」からはじまり全陰の「亥月」を無の月(神無月・坤)と対位します。
そうすると、旧暦四月の巳月は「乾」でありその属性は「天」「富」「有」となりますので、「卯月」は、本来は「有月」であったと考えたほうが理に合うのでしょう。

「有月」に咲く初夏の花にウツギ(空木)があることから、有月を和名で「卯月」としたものと考察しています。

唱歌に歌われる「卯の花」は、干支の「卯」ではなく宇津木(空木)の卯の花のようにみえてきます。
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