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田植え前の春籠り

田植えが現在のように機械化される以前で、多くの人手に頼っていた時代において、佐賀地方の農村では、田植え前に「おんだ様」や「春篭り」「おんだよいあ(寄合)」などと称して弁財天や地蔵さんに「籠もる」風習があったようです。

地区の人々が集まって飲食を共にするものであり、これから始まる田植えに備えて農事の無事を祈願し結束を確かめ合うこ意味もあったようだ。

              田植え2
           
旧藩時代から山内と呼ばれていた背振村や三瀬村などでは、田植えが始まる前の数日間を休んで、当番を決めて神社などに集まって飲食をして「お籠もり」をしたという。「オイタチ」とか「オイタチヤスミ」とも云った。

「春籠り」は、田植えというハレの祭りの前に精進潔斎をして「忌み籠もり」をするものだといわれています。 田の神が訪れるのは一般に夜間のために、神社の拝殿や社務所などに籠もって夜を明かすのだという。

祭りとは「神祭り」のことであり、禊ぎ祓いをして神を迎え供物を奉じて祀り、その後 神人共食(直会)を行い五穀の豊穣を願うものです。

忌み籠もりは「イ(斎)みごもる」ことで田の神の神霊を憑依、懐妊するという神降ろしのことであり拝殿は穂倉であり実の籠もる母体と見立てたのでしょうか。

             川上神社

春籠もりの時期は、田植えの始まる頃ですから、四月から五月と一定の幅があるようですが、弁才天などに参拝していた様子から、旧暦の四月(巳の月)の頃のようでした。

山岳信仰のある背振山に鎮座する「背振神社」は日本の六所弁才天といわれていますが、弁才天は本地インドでヒンズー教の河川の神、サラスバティとされていた。

弁才天の元の姿は八臂(八本の腕)の姿で弓や刀の武器をもつ戦闘神で仏法の守護神の像容でしたが、後世に二臂に琵琶を抱えた艶姿となり、妙なる音により衆生を悦ばす神「妙音天」として芸能の神さまとされた。

易に於いては弁(辯)とは口であり、兌であり沢であるため五行で金気、白、西を示すことから、弁才天が弁財天となり財(金運)をもたらす福神として「七福神」の紅一点として崇められてきました。

             弁財天

また榖神であり、蛇神である宇賀神は、弁財天の子とされていますから、白蛇をウカの神と習合し竜神として共に祀られることが多くなっています。
ウカ、またはカは蛇の古語だったといわれる。

鳥栖市立石地区では、四月の巳の日に弁才天から土をもらってきて地区の弁才天の祠に供え、その夜は公民館などで春籠もりをしたといいます。
また千代田町の辺りでは田植えの前の「酉の日」に集まって飲み食いをしたともある。

巳は、蛇の象形であり古くは「カミ」であり、水神であり、支の三合では「巳酉丑」は金気を表すため金気は五行相生で「金生水」の理により水の祖となる。また巳は申と支合すると「水」を表すため、巳も酉も水神の祀りと深く関わったようだ。

祠とは穂倉であり、榖霊の再生する穴であることから、田植えの前に産土神に籠もって田の神を身籠ってハレの神事を迎える行いが「春籠り」の風習に込められた深層ではないかと思う。
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