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遷都と子午軸

 「京の鼠、近江に向かって移る」・・・667年、天智天皇の「都を明日香から近江(大津京)への遷都」を
予祝したものか?・・・斉明天皇の百済救済の皇太子として白村江の戦に新羅、唐連合軍に大敗し
斉明崩御を受けて天皇に就任したあと、軍事的な圧力を感じながら都を明日香の北方、子の方角に向かい
遷都をしたことを予祝したもの・・・とは吉野弘子氏の指摘です。

皇位の交代は、新しい天皇霊を自身の身に迎えるのが「大嘗蔡」の儀礼の本質ですが、これは古代蛇信仰の
脱皮による生命の更新をモドクものだったと思われます。

古代信仰に加えて、大陸からの「北辰信仰」が加わり、北辰の方位である子の方に都を遷都するのは王権の
安定への呪術でした。
  
               北極星と北斗七星


近江遷都から、次の天武天皇を除いては凡そ南北(子午)軸上を北へと遷都をくり返しています。
天武天皇は、「壬申の乱」による武力収奪であり、自らを漢の劉邦に見立て「火徳の王」と
したために、火の方位である南(明日香)に都を戻したもおと考えられます。

武力蜂起のまえに南の方位の吉野へ逃れたのも、「朱鳥」と改元したことも、火の徳に利する方位とみて
のものでしょう。

                四神相応1

他は、藤原京(持統)、平城京(元明)、長岡京、平安京(桓武)とも、遷都の方位は子午軸上の
北方を選び、方位の四神(玄武、青龍、朱雀、白虎)相応の護る良地へとしています。

天皇を北極星、太一にならいその住まいを紫微宮として執務をする場所を太極殿としたのは、自らの
皇位を不動悠久の北辰、天皇大帝の神格と位置づけたためでしょうか。

そして北位南面こそ皇帝たるものの皇位を示すものであるとする北辰信仰のカタチだったにちがいない。
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