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年迎えと煤払い

新しい歳神さまを迎えるために年末の煤払い、大掃除などを師走の13日ごろから行うところは多いと思う。
歳神さまは、稲穂の「稔り」をもたらす「稔神」さまのことであり、その年の年魂(年玉)をもたらす神さまでした。

旧暦(太陰太陽暦)では春を連れてくる福神でもあるため、歳神を向かえることは迎春の節供であった。

年神を迎えるために「トシ棚」をもうけ供物を飾り、目印に依り代となる「門松」を立ててむかえます。

年神さまは冬のおわりに山のほうから「松の依り代」にかえってくると正月の始まりとなり、新しい年、月、日の「三元」の初めの朝が「元旦」となります。

太陰太陽暦の時代に立春を正月とする文化が続いたなごりが正月が「新春」を祝う挨拶となって残っているようです。

              門松1

長い冬を経て、僅かに太陽の気が復活する「冬至」から数え45日くらい経ると、ようやく陽春の季節をむかえるための
節供が正月の節供であり「トシ棚」に飾る料理が「お節供料理」で通称は「おせち」と呼んでいます。

しかし本来は歳神さまへの供物なのであり「おせち」をいただくことは神様との神人共食の「直会」のこと
を意味しているものでしょう。

ナオライ(直会)により新しい生命力を頂くのが「年魂(玉)」であり、おカネのことではないのです。

歳神さまをむかえるコトは「春」の作神を迎えることであり、春は丑寅の季節に丑寅の方から訪れるため「松」をたて山から歳神をむかえたものでしょう。

「松」は旧字体では木へんに八白と書くため八白土気の丑寅をあらわし、丑月の冬から寅月の春への季節の転換を意味するものでした。

山は、易では「艮」であり艮はそのまま丑寅を意味するものです。

つまり春の歳神さまは山(艮)のほうから、丑寅の季節に丑寅の松の木を依り代として訪れるのが正月の「トシムカエ」の節供だということになります。

歳神迎えのための準備がスス祓いであり12月(旧)13日から始めるのは季節転換の「土用の入り」
を意味する行事だったものでしょう。

                煤払い2

土用は、四季節の代わり目の前18日間をあてましたので、旧暦は12月は30日でしたので新春の18日前は12月13日で土用の入りのはず。

これは本来が立春を正月の節としたなごりかと思うのですが、そのまま新暦でも1月1日を新春のまま大晦日を無視して13日を煤払いとした結果ではないかと思う。

道具が箒や笹竹である理由は、笹竹は易では中が空洞で|:|(離)(火)を象徴する呪物であり、五行によると「火生土」の理により土用の土気を強め「季冬(冬の終わり)」から孟春への転換を促がすためのものでした。

箒と煤は単に「埃」なのではなく土用の働きを象徴する呪物としているために、今日でも立派な掃除器具がありながらも、変らずに箒、竹笹を用いて煤祓いを行っているのです。

歳神さまは一説では牛頭天皇の后ハリサイジョであるとも言われますが、女神であることは同じのようです。
そこで男性がもてなしたほうが喜ばれるというのが若水汲みなどの役を引き受ける「年男」の民俗のでした。

秘すれば花という日本の伝統文化は、迷信と言い切るほどには単純なものではなく、しっかりとした古代思想に基づいたものだったことを確認して年迎えとしてほしいものです。


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