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楼門の括り猿

平成28年の干支は、丙申(ひのえさる)、干支は「かんし」とも読むように「十干十二支(じっかんじゅうにし)」の略。「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」の十干と「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の十二支の組み合わせで60通りで一巡するので還暦をも表す。


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 申年と云えば、佐賀市本庄町に鎮座の本庄神社は、創建が欽明朝にまで遡るといわれて由緒ある宮ですが、歴代佐賀藩主の尊崇も篤く、慶長17年(1612年)に社殿を新しくする際に、多久田の番匠という時代の名工に、その楼門を造営させ、リアルな二匹の猿の木像を奉納したといわれます。

ところが、この二匹の猿は、後ろ手に縛られているという。

本庄神社の猿


      
伝えによると、あまりにもリアルな猿像のため、夜中になるとこの猿が楼門からおりては、近くの畑に入り耕作物を盗むようになった為に、藩主の許しを得たうえで楼門に縛りつけたとされている。

この伝聞はたぶん後世に語られたと思うのですが、一般に、神社仏閣の楼門に猿の木像を掲げることはよく見られるようです。

理由は、干支の「申(猿)」の有する「陰陽五行」上の働きから導きだされる祈祷のようである。

楼門の猿


 申は、四季においては秋の初めに配当され、「申、酉、戌」の秋3カ月(金気)の初めであると同時に、支の三合では、申・子・辰を合わせ「水」を表し、巳申の支合に於いても「水」を表すために、申は、金気を帯びた金獣であると同時に、強い「水」を負う水獣である。

楼門や社殿の軒や梁に掲げられているのは、その「申」の有する水の働きにより、火除けの呪物としてである。(中には猿の代わりに河童の像の場合もある)

ところが猿は、金気の獣で強い殺気を有するために、人々の参詣する楼門や鳥居にそのまま「殺気の猿」を用いるわけにはいかない。猿の金気の働きを、その手足を封じることで抑え、水を活かすことが必要だった。

また金気を刻すために五行相剋に於いては「火刻金」の理による「火」を用いるが、火災封じに火をそのまま用いることはできないため、身体を縛ることで猿の動き(金気)を封じ水の気だけを利用したと考える。

また二匹の猿というのは、「二」という「火の数」を以て金気を抑えた猿という意味にも解釈できる。五行では、一(水)、二(火)、三(木)、四(金)、五(土)となっている。

加えて、今では猿の木像の「色」は退色して不明ですがきっと「赤」に塗られていたと推理できる。それは上と同じ理由により、赤は金気を剋す色だからです。

以上の理由により「申」の強い水の気のみを選んで楼門の火除けの呪物としたのではないかと思う。

駒ひき猿


河童の場合は、「水の妖怪」のため、佐賀市六座町にある北面天満宮では一匹の河童の像を掲げている。
「一」の数は「水」の数である。

火と猿の組み合わせの例では、江戸の正月には、よく「猿回し」が舞われた。それが大火を恐れた火災封じの呪いだったという。
猿回しは、厩(うまや)の前で行ったという・…・馬(午)は火を象徴するからだ。猿回しの水により午(火)を抑える、呪術でした。

他に、馬は農耕に、伝馬に、戦に大切なものでした。馬の病を治す獣医を「猿屋」と呼んだことも猿の水の気が馬を癒すということからのようである。孫悟空では、三蔵法師の乗る馬を曳くのは猿の役目であるのは理にかなっている。

括り猿


 正月の幟旗には手足を縛った括り猿をつけたり、子どもの背守りに「括り猿」を着けるのも同様の理由による。来る年は、丙申(ひのえさる)のため、その意味では括り猿と同様に殺気を抑えられた、豊稔安康の年になることを願う。

易、陰陽五行論は、当時の学問として縦横に駆使され、多くの祭祀や民俗にカタチとして潜んでいる。





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