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ケガレと蛭子神

イザナギ、イザナミの二神が国生みの際に、女神のイザナミが先に声をかけて、禁にふれた為に、初めに生まれた神は手足の立たない「蛭子(ヒルコ)」だった。

三歳になっても脚が立たないため、葦船に乗せて海に流したという神話には、「ケガレと祓い」のルーツがあるようです。葦には邪霊を祓う呪力があるとされていて、単に蛭子を遺棄したのではなく、復活再生の呪い(まじない)でもあった。

                葦ふね2

私たちの日常でも「この件は水に流して・・・」と都合の悪いことを帳消しにする際によく用いるように、暮らしの深層には「ケガレと祓い」の信仰が定着している。

悪霊が憑いて「お祓い」をする、葬式から帰ったら清め塩を撒く、悪いことが続くのでお祓いをする、政敵や罪人を「遠島に流す」等々、ケガレや不都合は水や海に流すことにより清め祓いをする習慣があった。

火の神、カグツチを生んでホトを焼かれ死んだイザナミを黄泉の国まで追い、見てはならぬとされたイザナミの死穢にふれ、死霊となっていたイザナミに追われ・・・黄泉平坂まで逃げて、その眼を洗うと左からアマテラス、右目からツクヨミが産まれ、鼻からスサノウがうまれた。

見るなという禁忌に触れた「ケガレ」には、眼を「水で洗い」流すことで「祓う」ことができるというものでしょう。

「洗い流す」という祓いには、直接に身を清め祓うということと、「流し雛の」ようにケガレを人形(ひとかた)に移し取ってもらいそれを水に流したりする方法がある。

            ひとかた
                 
ケガレを引き受けるのは、生贄であったり、特殊な能力をもった霊能者であったりするのですが、ケガレを負い流された怨霊は、祀られることで神としてよみがえるようです。

早良親王や菅原道真など、不遇の身で憤死した地位のあるものは、「御霊」となって祟り神になるのですが、祀られることによって、反転して悪霊を祓う側の強い護り神になるというものです。

神とは崇められるものであり差別されるものでもある。神人、傀儡、遊女など、化外の民でありながら権力の中枢に隷属し祭祀に携わる神人や寄人といわれる人たちは、権力者のケガレを払う特別な職能身分のために、ケガレを負う被差別民とされることが多いのはそれ故であろう。

               恵比須2

「夷」も辺境の異民族という差別された民の蔑称であったが、それゆえに転じて常世の海からくる来訪神(まれびと)として領民に福をもたらす恵比須神に生まれ変わったものでしょう。

恵比須は元来、豊漁の神ですが、転じて豊作や商売繁盛の福神に加えられました。恵比寿の出自はイザナギ、イザナミのケガレを負い流された、ヒルコに求められ、3年足が立たないと云われたように足が折れ曲がった姿が多い。
左脇に鯛を抱え、右手に吊り竿を担いで、風折れ烏帽子に狩衣の恰好で笑顔で佇んでいます。

ケガレを負い海に流されたゆえにこそ、流浪辛苦の果てに龍宮に迎えられ恵比須神として海から復活し、ケガレを負われた神ゆえに、道や辻に鎮座し厄災を祓う福神として祀られているにちがいない。
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