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鳴かない蝉

「セミが竹の棒に止まって死んでいるみたい」、妻は、朝食のテーブルで呟いた。
「うそっ、それなら取って棄てればいいじゃないの?」
「でも、しっかり棒につかまって、死んでいるから、可哀そうじゃない?」
 ・・・・・・
死んでいるなら、可哀そうもないだろう……と、思いながら、広いバルコニーに出て
セミの死骸を確認しようとした。
                     セミ

確かに、妻がたくさん育てる花や鉢植えには、プラスチックの支柱が立っていて、朝顔の蔓状の花を支えていた。
緑色の樹脂で、直径が10ミリほどの棒に、そのセミが止っている。
アブラゼミのような黒いものを想像していたが、動かないセミは、透明な翅で、少し緑がかった色の眼をしていた。

―――(きれい)……一瞬にして思った。
 これなら、無理に剥がさなくても、いずれ鳥か、蟻にでも処分されるに違いない。
―――それにしても、よくこんな場所に止まったものだ。他にたくさんの樹木や草木が溢れているのに……。
 そう思い、透き通った翅をもつセミに近づいて、死んでいることを確認しようと、息を吹きかけてみた。

―――セミは、少しも動かない。普通なら、人が近づくと「ジジっ」と、ひと鳴きして飛び去る光景を、幾度も目にしていたからだ。
―――やはり、……妻の言葉どおり、動かないことを確認すると、室内に戻った。

                        園芸用支柱

 市街地にあるマンションの四階部分の広めのバルコニー。わざわざセミはこの場所に来て、合成樹脂の竹にとまって絶命したのだろうか?
話によると、昨日の夕刻、陽が傾いてから飛んできて、その場所にいるらしい。声をかけても動かないという。

ボクが、そのあと、外出から帰宅すると・・・
「セミは、飛んでいなくなったよ?」と、妻。
「えっ、死んでなかったの?」
「うん、そうみたい」と、目が笑った。

「お陽さんが照り出したころ、飛びたったみたいよ。暑くなるもんね」・・・
「ふぅん、じゃ一泊、お泊りに来てたんだね?でも不思議だね、死んだように動かなかったもの」
・・・・・
翌日の朝。
「お父さん、またあのセミが来ているよ!」
見ると、また昨日とほぼ同じところに、透き通って奇麗な翅のセミが一匹とまっていた。

―――こんなことも、あるのだろうか?犬猫や鳥なら、餌や人に馴つくということがある。
 セミは……昆虫だよね。それも地上に出てから六日ていどの寿命のはずなのに……。

                      セミ3

 「たぶん、マロンが、私たちのところに会いにきたんだよ。初盆だもの……」
 確かに、昨年11月、飼っていた愛犬のミニチュアダックスが、十歳で亡くなっていた。
 今は、まだ納骨堂にいて、月命日には、必ずお参りに通っている。
 「そうだね?いつもこのバルコニーに出て遊んでいたもんな?」
―――そんなことも、あるかも知れない。

三日目の朝
「きょうは、セミは来なかったの?」と、訊いた・・・
―――いつも朝、妻は花の世話にバルコニーに出るからだ。
 「もう、来ないかも知れないよ。あいさつも済んだし、命だってあるしね」
  
……確かに、僅かな寿命を消耗させて、ここに来てくれたのだし……
   そう思っていると、そのとき妻の驚きの声がした。
  「ほら、きょうも来てたよ。葉っぱの陰を見て?」

翅の透き通ったあのセミが、今度は、つる状の葉の裏側を伝って動いている。
  私は、感動で、胸が熱くなった。お盆の入りの朝だった。

……もう、いいよ。好きなところへ行っても。短い命だから。
                    
四日目は、雨だった。
……さすがに、気持ちの奥では、セミが来てくれることを願っていた。でもこの激しい雨なら、無理だと思う。
 夕方になって帰宅して、妻に訊いてみた。
「この雨じゃ、セミは来ないよね?」・・・

                       雨

「お昼ごろ、いたよ」 妻は、さり気なく微笑んだ。
―――雨と曇だったので、日中にこの花壇に寄ったのだろう。それにしても・・・なんてやつだマロンは。
    もう命は、残ってないじゃないの?・・・お盆は、中日になっていた。

五日目、曇。
朝、セミは来ていなかった……。もう、来ないかも知れない―――と、諦めていた。
その日も、曇り時々雨の天気で、バルコニーに通じるドアは閉め切っていた。

そのとき、「ジジっ」と、セミの鳴く音が聞こえた。慌てて外を見ると……いつもの場所に身をふるわせて、あの透明な翅のセミが飛んできた。
「わーっ、すごいねマロン!」

ただ、その日は、どこかいつもと違う風に感じた。そのセミは鳴かないはずだった。

よく見ると、鉢植えのところに、もう一匹、セミがいるではないか?
……驚いた。ツガイになったんだね、マロン! 彼女できたんだ?

                         曇空

すると、また「ジジっ」と鳴くと、二匹のセミは夕暮の空へ飛び去っていった。
……もう、初盆も、終ろうとしていた。
そのあと、透きとおった翅の、鳴かない蝉は、二度と姿をみせることはなかった。

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