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龍馬の手紙

慶応2年1月23日深夜、薩長同盟(同年1月21日、小松帯刀邸での会談)を成功した直後に薩摩人として伏見「寺田屋」に宿泊していた坂本龍馬を奉行所の捕り方が襲撃した。

龍馬や長州の三吉慎蔵らは深夜の二時頃に、幕府、伏見奉行の捕り方20人ほどに囲まれ、そのとき風呂に入っていたお龍が外の異変に気付くと裸同然のまま二階へ駆け上がり龍馬たちに知らせたのだが・・・・・・

襲撃に応戦、負傷した龍馬はピストルの弾込めができなく、三吉が必死に槍で応戦する間に、漸く脱出して路地を走り、材木屋に隠れる。

続いて逃れ出た三吉は、覚悟の切腹しようとするも、龍馬に止められ、伏見薩摩藩邸に救援を求めに行くように指示されると、薩摩藩は急ぎ、川船を出して救出に向かい、龍馬は九死に一生を得ることができた事件だった。

このときの様子を龍馬自身が、木戸孝允宛に綴った肉筆書翰:「坂本龍馬書翰(木戸家古文書より)」

                  1竜馬
                  竜馬2

『此度の使者、村新同行にて参上仕るべきなれども、実に心に任せられず儀これ在り。故は去月二十三日夜、伏水に一宿仕り候処、計らずも幕府より人数さし立、「龍を打取る」とて夜八ツ時頃二十人ばかり寝所に押込み、皆手ごとに槍とり持、口々に上意〃〃と申候に付き、少々論弁も致し候得ども、早くも殺し候勢い相見候故、

是非なく彼の高杉より贈られ候ピストールを以て撃ち払い、一人を撃ちたをし候、何れ近間に候ハ、さらにあた射仕らず候得とも、玉目少なく候得ハ、手を負いながら引取り候者四人、御座候。

此の時初三発致し候時、ピストールを持ちし手を切られ候得ども浅手にて候。其ひを隣家の家をたたき破り、うしろの町に出候て薩の伏水屋鋪に引取り申し候。

唯今は其手きず養生中にて参上ととのはず、何卒御仁免奉願候。何れ近々拝顔万謝候、 謹言々。

   二月六日夕              龍
木圭先生 』

                   竜馬3

龍馬はその後、伏見から一度、京の藩邸に移ったが、また伏見の藩邸に戻り、大阪から船で鹿児島に脱出した。
しばらくの間は西郷隆盛の斡旋により薩摩領内の霧島などに湯治をしながら潜伏した。この時のお龍との旅行が、日本初の新婚旅行とされているが、これから1年も経たないうちに、近江屋事件に遭遇するとは思っていなかったに違いない。
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