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山の日

【国内の山村にして、遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神、山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ・・・・・(遠野物語序文より)】

―――戦慄:恐ろしくて おののき震えること、恐れて身震いすること(広辞苑)

                  遠野 山

8月11日は、祝日「山の日」が新たに加わる―-―--山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感をする、とある。ただ、山に関する特別な出来事など、明確な由来があるわけではない(ウィキ)。

そもそも森林の比率が67%(世界の陸地に占める森林の割合は30.3%)を占める日本は、古来より山と共に在り、畏敬の心を以て暮しを営んできました。周囲が山々に囲まれた狭隘(きょうあい)な土地を耕し拓いてきたため、あらためて「山に親しむ機会」を意識しなくとも日常そのものでした。

「山の恩恵に感謝する」は、産業革命いらいの工業化によって暮しの中心が、平地、港湾隣接の大都市に偏り、山村や地方は、成長の恩恵から取り残され、過疎の限界集落へと衰退していきました。山の恩恵を忘れ、画一的な産業化モデルを邁進していったことが原因。

農業用水のみならず、大都市の飲料水、沿岸の漁獲高など平地民のどれをとっても山の恩恵に依存していることに気付きます。

                 山の神

「山の日」の立法の経緯、タイミングは今ひとつ浸透できていませんが、この祝日を共有し、山の恵みの再発見することで心の豊かさを取り戻したいものです。近郊の山々と向き合い、或は故郷の山々を想い出し、ご先祖を育んだルーツの山河を想う機会となればと思う。

その為には、山の暮し、ご先祖が守り伝えてきた「山の民俗」や「地域の祭り」を知ることが大切になります。

古来より森の国の先人は、山の恵みを受け、山と共に暮らし、山を畏怖し、山の神様を祀ってきました。
山は、神さまの坐(おわ)す処で、山の神の誕生日は12月12日、1年に12人の子を産み「ジュウニサマ」と呼ばれた。豊穣のシンボルとして、十二支の亥(猪)を山の神の使いとした。

                 十二さま


亥は、十二支の12番目で旧暦の十月「神無月」、易では「坤為地」大地の神 山の神 性別は 女性(母)とされ、農事の神さまと崇められてきました(日航機事故がなければ、山の日は確かに12日のはずでした・・・)

山の神さまは、嫉妬深く、入山は女人禁制でした。好物は、オコゼ、二股大根などを供物とします・・・・・・二股大根は、天の太極として乾為天(父)のシンボル。

                           坤為地

「坤(こん)」は、「つち」とも読み大地の象徴となり、山の神は土地の神様で「坤為地」が、陰暦の12番目(十月)をあらわし、十二支の亥をあてました。(64卦も12ピース)

遠野物語の序文にあるように、曾ては、山に暮らす多くの「山人」たちが跋扈し、その話が伝えられた。里人とは暮しを異にし、おもに移動、漂泊の暮しを生業としていた人びとたち、平地人からみると異形のものたちであった。

山人の正体は、マタギ、杣人 木地師 鍛冶 炭焼 道具師 修験、遊行女(うかれめ) 旅人、等々実に多くの山人が闊歩し、平地人と対峙、交易をもっていました。

                   マタギ2

山の恩恵を知るためには、山の神のマツリ、産土神の民俗、伝承を探ることが必要と思う。

遠野物語ほか、全国には民話、伝承のカタチに其の痕跡を多く残してくれています。
童話や昔語りとするだけでなく、そのメッセージを深く読むことで、国家の記録から漏れた常民の暮しが蘇り、地域文化の復権となるといい。


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