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旅する人

【壮大なる旅】
 人類は太古より食糧や環境適地を求めて地球規模での旅をしていた。
現代人の母系遺伝子をもつミトコンドリアDNAを遡ると20万年前のアフリカに住む「ミトコンドリア・イブ」と仮称される1人の女性に辿りつくという。
環境等の変動により、凡そ6万年前にアフリカから世界各地に散らばる壮大なる旅に出て適応と多様性を獲得し今の私たちに至る基礎を築いたという。

          人類の旅

森からサバンナに出て二足歩行となり、遠視(とおみ)もできるようになると視界のその先へ興味をもち移動を始めたのでしょうか? 食料や気候、自然環境の変化、獣や他の集団との争いなど、状況変化に合わせて跋渉をしていた違いない。

日本列島においても多様なルートから大陸、海洋を経て漂着し各地に住み着いた。先史時代より狩猟や交易を求め列島に広く移動したことは、縄文の黒曜石や翡翠などの分布で知られています。
           
           サバンナからの旅
 

古代、中世には、部族間の淘汰を通じて服属儀礼として氏神の神楽奉納に巫覡(ふげき)たちも往還をしていました。
僧侶は遊行や伝道のために旅をし、巫女は勧進能のために、人々は社寺に参詣するために旅をした。平安末から鎌倉時代は特に熊野詣が盛んになり、室町時代以降、伊勢参りが大いに盛んになった。

 ・・・・・空海や西行、円空や一遍、 芭蕉や一茶、白秋や牧水、 山頭火までも旅に出た。

パスカルは「人間は、考える葦である」とし、ホイジンガは人間の本質は「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」であるとした。文化は遊びのなかに生まれ、遊ばれてこその文化と説く。
遊びの定義には、旅も含まれるために、言い替えると・・・・・人間の本質は「旅する人」であるといえる。

             白拍子2


【遊行】
遊行女婦は、ウカレメ或はアソビメと呼ばれた。「アソブ(遊ぶ)」とは元々「鎮魂、招魂のために歌舞を演じる儀礼」だった。自らが身代(みのしろ)となる遊び女、流される身としての「遊行女婦」は、「招かれれば出掛けて行って遊ぶ女」として貴族たちの宴席で歌舞を披露しながら座を取り持ち、賓客に随った。

                遊行僧

【遊行上人】
時宗の祖である一遍らは、阿弥陀仏の救済を証明する札を配るため、全国を旅し、大乗(衆生済度)の本願に旅の空で果てる覚悟で念仏を広めていった。
済度とは、衆生の苦行を待つものでなく、阿弥陀仏の本願にて決定されている安心を保証ことだった。つまり時宗の遊行の旅は、漂泊ではなく利他行としての実践でした。

「一遍上人絵伝」には、多くの尼や遊女が同行しているため、女人救済も厭わなかったとされていますが、実際は一遍の全国行脚の機縁は、熊野本宮に参詣の後であり、神に近い立場の女人が衆生済度の助けとなるべきだと確信していた。

           一遍聖絵図


仏と人間の間に立つのは女性(巫女)でなければならない、「経」より遊女の美声や歌舞による念仏のほうが、より効果的に伝わるとした。・・・・・「我が法門は熊野権現夢想の口伝なり」と、古来よりの「神祇信仰」も受け入れている。

・・・・【権現】とは仏・菩薩が人々を救うため、仮の姿をとって現れること。 仏・菩薩の垂迹として化身して現れた日本の神。

 「念仏勧進を 我が命とす」、と決定(けつじょう)すると、遊行の路を彷徨し浄不浄を選ばず衆生済度の旅をつづけた。

    旅ころも  木の根かやの根 いづくにか 身の捨られぬ 処あるべき

    山河草木 ふく立つ浪の音までも 念仏ならぬと いうことはなし

    身をすつる すつる心をすてつれば おもいなき世に すみ染めの袖


―――わたしたちの人生もまた、六道迷界を 旅する人の姿なのだと思う・・・・・合掌。

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