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誕生と信仰

お七夜(おしちや)は、誕生から7日目の夜に赤ちゃんの健やかな成長を願うお祝いである。平安時代からつづく儀礼で、生まれた子に名前をつけて、社会の一員として認めてもらうもの。
―――簡単に書くとこうですが、現代と違って新生児の死亡率が高い時代に、私たちの先祖は赤ちゃんの誕生から成人に至るまで様々な祈りをこめて来ました。

            命名

神と蛇身(カミ)
三輪山の伝承には、イクタマヨリビメの處に、夜ごとに男が通ってきて、誰かわからぬまま身ごもってしまった。男の正体を突き止めるため、糸巻きの糸を針に通し、男の着物の裾に刺して翌朝になって、糸をたどっていくと、三輪山の社で留まり、糸の先はすり抜けて三つの輪として残っていた。そこで男は「三輪山の神」であることがわかった(三輪山の神は蛇神) 

箸墓の伝承には、倭迹々日百襲姬命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)は大物主神の妻となった。しかし、神は夜にしか現れないため、「あなたは、いつも昼いないので、その尊顔を見る事ができません。お願いですから、もう少しゆっくりして明日の朝に美麗しい姿をお見せください」と頼むと、大神は、答えて「私は明日の朝に、あなたの櫛笥(クシゲ=櫛を入れる箱)に入っているので私の姿に驚かないように・・・」と伝えた。倭迹迹日百襲姫命は夜が明けるのを待って、櫛笥を見ると、なんと小さな蛇となっていた。姫は、驚いてしまい、大物主を怒らせたことを悲しみ、箸で「ほと」を突いて亡くなった・・・(大物主は蛇神)

          三輪山
  
火中出産
コノハナサクヤヒメは天孫ニニギノミコトとの一夜の逢瀬による懐妊を疑われたため、身の潔白を証明するために誓約(うけい)をして、「おなかの中の子が、もし国つ神の子であれば、産む時に苦痛を感じ、天の御子の子であれば、苦痛はないでしょう」と、産屋に入り、出入り口を塞ぎ、火をつけ、燃え盛る火の中で、ホデリ(海幸)・ホスセリ・ホオリ(山幸)の三柱の皇子を産んだ。・・・コノハナサクヤヒメは、富士山(火の山)の御祖(みおや)として浅間神社に祀られている。

                  コノハナサクヤヒメ


山幸(ホデリ)と海幸(ホオリ)
妻の豊玉姫命が臨月を迎え、ヤマサチヒコを追ってお産のために夫のもとを訪れ、いよいよ出産が迫ったとき、豊玉姫命は夫に「海の国という異国にすむ私は、出産の時は、元の国の姿になって産みます。お願いですから、決してお産をする姿を見ないでください」と謂いおいて産屋へ入った。ところがヤマサチヒコがこっそりと産屋を覗くと、そこには身をもがく八尋のワニの姿があったという。 出産後にこのことを知った豊玉姫命は、これを恥じて我が子を残したまま海へと帰った。
しかし豊玉姫命は、子どもが気になり妹の玉依姫命に我が子の世話を頼むと、妹は承諾して、地上へと上がる。やがてその子がウガヤフキアエズノミコトとして成人すると、玉依姫命はその妻となり、4人の子を産んだ。その第4子が神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)、後の神武天皇となる。

                豊玉姫

ウガヤフキアエズとは、「鵜の羽の産屋を葺き上げる間も無く」ではなく、ウガヤはウカヤ(蛇屋)の意味のようである。蛇のトグロの象形として産屋を立てる間もなく産まれた皇子という意味になる。

産屋の民俗
母の通称として、ハハ、カカ、カガチ、ウカなどあり、これらは古来より「蛇」の古称でした。宇賀(うか)神(じん)は、人頭蛇身で蜷局(とぐろ)を巻く神像で表され弁財天と習合して祀られている。
つまり、古代の出産は、母(ハハ、カカ)が、本来の蛇の姿にもどって蛇の子を産むことだった。三角の産屋はトグロを巻いている蛇の擬態を表し(三角形は火の造形でもある)
蛇の子である新生児は、生まれると、ボロを着せ、テナシ(袖なし)胞衣(エナ)を巻いて蛇の子であることの擬態を行い、七日目に蛇の子から人の赤ん坊に脱皮するカタチを踏んでいる。

             産屋

七日に命名し、手無しから袖のついた産着にするのは、蛇から人へとの脱皮の擬きでした。蛇の古名はカカであり、母をカカ、カカア、オカン、カミサンと呼ぶのはカミ(蛇身)の記憶である。
七歳までは神の子とは、七という数の呪力により人に変るまでは蛇の子という意味であろう。蛇は動かなくなっても脱皮を繰り返す生命力にちなんで神と崇めていた。縄文土偶や、土器には、蛇の模様が頻出することでも想像できる。
産屋が水辺に近い蛇の棲みやすい場所に設けられたのは、まさに蛇の脱皮を助けるためだった。

箒と蛇
箒神(ホウキ神)の役割:ホウキとはハハキの変化したものでハハキ(蛇)のモノザネである。
ハハキ(箒)は、ものごとが一転(脱皮)して新たに生まれ変わることを促すために、産室や、葬送のさいに呪物として用いられてきた。他に嫌な客を帰す、日照祈願の雲掃い・・・など箒の民俗は多様である。

               箒

「嬰児は一旦蛇の子としてボロを着せ、脱皮のモドキを行った後に、出産から七日目に「お七夜祝い」を行い、この日にヒトの子として「命名」をするのはこのためである。
人間の母は蛇となって子を出産し、産屋を経てヒトの子になるには、二種類の産着を必要とした。先ずは、蛇から脱皮をして脱ぎ捨てるための袖のないボロ、エナギ(胞衣)で、次にヒトの子として脱皮したあとに手足を通すことのできるテトオシを着せて初めてヒトの子として命名をするのである。テナシ(ボロ)からテトオシと呼ばれるものに衣替えは、人の子として脱皮することの擬きでした。

陰陽五行と数
人の子として脱皮をするのを助ける呪いに、五行相生を用いていた。「七」という数の呪力を借りて誕生後、七日目に、テナシを脱いでテトオシに着せ替えヒトの赤ちゃんとして脱皮を擬き、そのうえ古代の科学であった陰陽五行の理を用いて確定させたもののようだ。
人間は、生死を問わず、五気の中では「土気」に配当されていたため、土気の生む力は、五行相生では「火生土」にあるため、火の呪力を用いたのは当然である。産屋の三角のカタチは、蛇のトグロであるととともに、燃え上がる火焔の形状であった。そこに加えて「七」という火の数を選んで
「お七夜」の儀礼をおこなったものと解釈できる。

                 五行と数


五行配当と数(生数・成数)
一~五は五行の生数(数のもつ五気の性質)を表す。(一・水)(ニ・火)(三・木)(四・金)(五・土)となり、六~十は、五行の成数(生数の働き)を表し、生数+5で表した。六(一+五)水・七(二+五)火・八(三+五)木・九(四+五)金・十(五+五)土とした。七は、火の働きを表す数のため、火生土(人は土)の五行相生を敷衍する。人への誕生は、まさに七(火)を待ってヒトの子になるのであった。

吉野弘子氏の考察によると、私たちの先祖は、古来の蛇信仰に、あらたな陰陽五行の科学まで駆使して新生児の成長を祈ってきたという。
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