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宮地嶽神社参拝

「光の道」のロケ地として有名になった宮地嶽神社に参拝してきました。例年130万人もの人出があると云われていますが、今年は40万人増え、三が日で170万人もの初詣客で賑わったようです。
遠くは、関東方面から、或はバスツアーを仕立てての元日の参詣に拝殿につづく参道も人混みのうずでした。門前に辿り着いてから、幾重もの入場規制を受けて、拝殿のまえに到着できたのは一時間も後でした。

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宮地浜海岸から続く参道から高い石段といくつもの鳥居を潜って境内に至ると、なぜか参道は左に折れ、その先にまた大きな鳥居が出現した。(珍しいな?)と思い見あげると・・・なんと鳥居の先には円錐形の霊峰「宮地嶽」が仰ぎみられる仕掛けとなっていた。

瞬間に、(これが本来の御神体なんだ)と気づく。今、一直線に西の海に連なる「光の道」が話題となり、また日本一の「巨大な注連縄」が注目される中、私にとっては、この鳥居から仰ぐ霊峰こそが最も神々しいアングルだった。人混みにもまれながらも、いつかあの頂上に参拝したいと思う。

急峻な山の頂きから望む日本海はどのような物語を伝えてくれるのだろう。祭神、気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)は、此処で何を感じたのだろう・・・元始の霊感を共感してみたいと思う。

              宮地嶽神社


拝殿まえの大注連縄は、毎年、重機を用いて掲げるようですが、太い縄の絡み合う様は、まるで一對の蛇が交合しているように見える。
古代中国神話に登場する神、伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は、人首蛇体のカタチで、伏羲はコンパス(陽)を女媧は差しガネ(陰)を手に二匹の蛇が絡み合う姿は、天神地祇の結びの力を感じるものだった。

今回の動機は、この大注連縄だったのですが、思わぬアングルに気づいたため「宮地嶽神社」の名を冠する本来の御神体は、あの三輪山のように、この霊山であったに違いない。
我が国は自然界のあらゆるものに八百万の神々が坐し、山は神の住まう地であるとして崇めてきた。
民俗学者の吉野裕子氏によると、山は蛇のトグロを巻いたカタチであり、カ、カカとは蛇を意味する古語だったという。更にはカミとは蛇身(カミ)のことだとする。

               大注連縄

創建は、約1600年前。当社のご祭神「息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)」別名「神功皇后(じんぐうこうごう)」は第14代仲哀天皇の后で応神天皇の母君にあたられます。 古事記、日本書紀等では渡韓の折、この地に滞在され、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇(てんしんちぎ)を祀り「天命をほう奉じてかの地に渡らん。希(ねがわ)くば開運をた垂れ給え」と祈願され船出したとあります。

その後、神功皇后のご功績をたたえ主祭神として奉斎し、随従の勝村・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神(みやじだけみはしらおおかみ)」としてお祀りしました。 以来、宮地嶽三柱大神のご加護のもとで事に当たれば、どのような願いもかなうとして「何事にも打ち勝つ開運の神」として多くの方に信仰されるようになりました。 当社は、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮です(公式HP)

                   宮地嶽神社入日


宮地嶽神社の石段の頂上から参道の先の海まで2キロ余りの一直線の道が続いており、直線の先にちょうど夕日が沈むとき、太陽の光が参道に反射してあの「光の道」が顕れるという。

2月と10月の年に2回、目前に広がる宮地浜の海に渡るの神々の営みは、今まさに絶景のパワースポットとして知られているようです。
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