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正月と節分

春節に入り、中国、香港、台湾からの旅行者が大挙来日して話題となっています。
春節は中国の旧正月のことで、いわば正月休みの期間。日本も年末年始の正月には、ふるさとへの帰省や旅行などで国民の大移動が生じます。

新しい中国の成立にグレゴリオ暦を採用し、1月1日を元旦として、それまでの旧暦の正月初一を「春節」と区別しました。
中国や台湾は、今も春節で祝うことのほうが慣例ですが、江南に近い沖縄や奄美諸島などでも、わりと旧暦の正月を大切にしているところは多いようです。

 春節


暦の起算は冬至の日時を確定することより始まるのですが、冬至を起点としながらも、直ちに暦の上の1年の初めとしたわけではなく、太陰太陽暦では、冬至、大寒、雨水を含むそれぞれの月が正月となる資格を有すと考えてきました。

夏王朝の正月は、雨水を含む寅の月、殷の時代は、大寒を含む丑の月、周の時代は、冬至を含む子の月を正月としました。
三つの正月を、それぞれ天正(周)、地正(殷)、人正(夏)とした。現行暦は、冬至は12月ですから、正月は丑の月となっています。伝統文化を育んできた旧暦は、寅ですから凡そ1カ月から2カ月弱のズレを生じています。

日本の旧暦は、天保暦でしたが、明治5年12月3日を明治6年1月1日と改められ、グレゴリオ暦(太陽暦)に改暦されて以来、旧暦の通称とされています。

旧暦(太陰太陽暦)は、元々農事暦として工夫されてきましたので、農業を主産業とする民間にとっては欠かせない暦として、改暦の後も併用されてきました。
農作業の目安や年中行事の標は、節切によるものが使われて来ました・・・・八十八夜、二百十日、二百二十日 、等々。

     二十四節気


節切の暦では、正月節(立春)~2月節(啓蟄)の前日までが正月であり、2月は、啓蟄~清明の前日まで、3月は清明~立夏の前日まで・・・以下省略。
節あるいは「節気」は、暦月の間隔を区切り、中あるいは「中気」は、月の名前を決めます。「立春」は、二十四節気の正月節となり、節分は季節を区切るその前日としています。つまり本来は、節分の日は、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことでしたが、立春前の節分行事がひときわ多いのは、立春正月を継ぐことからでした。

二十四節気は太陽の位置により決められるため陰暦での気候のズレを補正し、季節を春夏秋冬の四季に留めるために考案されたものです。1年を12の「節気」と12の「中気」に分け、それらに「暦月」の区分とその月の名前がつけてきたものです。

旧暦における1ヶ月とは、月の朔望により、朔日から晦日までの区切り、朔日から1カ月は、約29.5日の間隔のために12ヶ月間では、約29.5日×12=約354日となり、太陽暦の1年より約11日短くなる。そのままでは季節とのズレが進んでしまうため太陰太陽暦は、暦と節気のズレがひと月分に近くなると、閏月を入れて補正を行い、3年に1度くらいは1年が13カ月となりました。切米給金のお武家さんはさぞ窮したに違いありません。


    立春

立春の前日の節分が、どうしても立春(正月節)の年越しの性格を強く残すことは、止むを得ないようです。
立春から新しい季節が始まるため、かつてはその前日である節分が年越しでした。旧暦は正月を、「雨水が含まれる月の朔日」としたため二十四節気の立春との間合いは、一定範囲において変動するものになりました。

立春が旧正月のあとに来る場合は「新年立春」ですが、元日と立春が丁度、重なるケースを「朔旦立春」として祝いました。更に、旧暦では、年によって正月の前に立春を迎えることがあり、これを「年内立春」といいます。

――― 年のうちに春は来にけり一年を、去年とやいはむ、今年とやいはむ (古今集)

 正月2


節分の年越し
本来、節分は立春を正月節とすると大晦日にあたるので、節分のことを「年越し」と呼んだ地域もありました。節分の食べ物といえば恵方巻きですが古くは「節分そば」を年越しそばと呼んでいたそうです。「恵方巻」きそのものも歳徳神の方位を向いて頂くようですから越年行事そのものです。

他に、節分の夜、イワシの頭をヒイラギ(柊)の枝に挿して家の入口におく風習は全国にありましたが、悪臭を放つもので邪気を祓うとして、他には、ネギ、ニンニク、髪の毛を燃やしたもの等も用いたという。その際、田畑の害虫の名を唱え、害を防ぐマジナイをしたという。今では農薬や殺虫剤により虫害の意識はありませんが、昔は大飢饉の原因となりました。

鰯


イワシ(鰯)の頭をヒイラギ(柊)の挿すとは、別の説では、冬の象徴である鰯(魚へんに弱いと書く)魚は水、水は冬の気であり、魚の弱とは冬の弱まった季冬を冬の木(柊)に挿し送ってしまう冬送り=迎春のマジナイだともいわれます。
九州の一部では、年越しには、必ずイワシを焼いたものを食べるところがあるのも、同じ理由に違いない。

節分に、炒った豆をまく「豆まき」は、穀物には穀霊が宿るため忍び寄る魔物を祓うためと云われますが、陰陽五行説でみると、豆は硬くて丸いもので、五気では金気を表す。立春に春(木気)を迎えるには、五行相剋である「金剋木」の金気を封殺して春の木気の障りを除くことが迎春の呪術であったとします。

豆撒き

金気を相剋するのは「火気(火剋金)」のため、正月行事には、盛んに火焚き行事が見られる。金気の豆を炒ったものを撒くのはその象徴であり、撒く人に年男が登場するのは、まさに越年を意識した催しです。

豆を年齢の数たべる風習も年越しの名残なのでしょう。鬼は、陰を表し、冬から春への鬼門(丑寅)の追放であり、牛の角を持った虎の皮のパンツをはき金棒を手にして丑寅のシンボルとして登場し、まさに五行説による迎春呪術ともいわれます。

立春を正月節としたもの、旧暦の雨水を含む月の朔日を正月としたもの、新暦の元旦を正月としたものの混在が、越年行事を多彩にしたに違いない。
2017年の節分は2月3日(立春の前日)で、旧暦では1月7日、同日となっています。
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