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江戸の金融

大名貸 
三井高房の「町人考見録」享保 13 (1728) 年は、巨額の借銀を踏み倒した大名家を、薩摩島津、肥後細川、肥前佐賀鍋島、筑後柳川立花、筑前福岡黒田、長州毛利、阿波蜂須賀、越前松平、尾張・紀伊徳川、奥州松平、米沢上杉、仙台伊達、盛岡南部、等々、名立たる大名をあげています。

  大名

大名は、参勤交代に伴う旅費・在府の費(ついえ)、幕府から「手伝普請」の要請など、莫大な金銀を必要とし、年貢米を担保に京都の銀主と交渉する借銀奉行をおいて銀策を続けました。

財政が苦しい中、借銀が嵩(かさ)んで・・・終いに貸し倒れを起こし没落した商家は48家もあったといわれます。
従って、三井家の家訓には、理屈に合わない大名貸しは原則禁止とし戒めていました。

大名の中には、返済の仕組みが立たずに古借に高い歩合の増銀を加えた借換證文に応ずるなど、財政は火の車で、返済を100年賦~1000年賦とする到底返済不能の證文まで交わされたという。

両替商


佐賀藩も、京都の銀主、八文字屋に、一万貫(20万両)の借銀があり、年に千貫(2万両)の利息を払い・・・ついには、二千貫を踏み倒し八文字屋は潰れたと云われる。
・・・・・「金銀を貯え悪事を働くものはいるが、借銀が多くて家を潰した大名はいない。子銭家(金融業者)への借銀は、さしたる大事ではない」と、言い放つ家老もいたが、諸大名の借銀への意識は似たようなものだったに違いない。

災異と飢饉
享保の飢饉、1732年、西日本を襲った大飢饉。佐賀藩においても、「冷夏により蟊賊(ぼうぞく)(稲などを食べる根切虫)生じ、災害が広がり8万人の餓死者、牛馬の斃死9万頭あり」と伝えられるほど深刻な状態でした。

天保元年(1830年)の藩の収入をみると、石高は12%にしか届かず、借銀に73%も依存する途方もない財政難でした。
支出を見ても、凡そ半分は借銀の返済に回される、とても窮屈なものだ。――― 但、これは佐賀藩に特異なものではなく、諸大名とも似たようなものだった。

  飢饉

米沢藩は、宝永3年(1706)、幕府から上野東叡山修繕が命ぜられ、豪商、富農には「士分取立て」と引き換えに、追加融資を頼み漸く手伝い普請を済ませ、反面、江戸屋敷の雨漏りも修繕できず屋内で傘をさす状況だった。享保18年(1733)の江戸城の堀の浚渫(しゅんせつ)では人別銭や家臣の半知借上げまで行ったという。

佐賀藩においても、家臣からの「切り地(献米を取ること)」を引き当て借銀の工面に充てるなど、安永4年(1775)には、ついに「人別銀(人頭税)」が実施されることになる。

安永3(1774)年、役料、飯米の不支給により役人の辞意の申し出や、安永8年、支藩の蓮池藩や小城藩の「上支配願(本藩へ知行の返上)」まで出される始末でした。

凶作による飢饉対策として「すくみ米(一石あたり籾一升を上納米より除き所蔵すること)」を許可し、旅陶器(他国産の陶器)の停止、薬、鋳物の国産の奨励など、藩内の換金力を高める施策を行う。

札差
諸大名に限らず、江戸幕府の蔵米(切米)支給の旗本、御家人においても、禄米を受け取り換金する札差から、向こう数年分までの収入を担保に借銀を重ねる状態となり、
追加借り入れが困難となり、札差との借入交渉を行う蔵宿師(くらやどし)まで使って資金繰りをする困窮状態でした。

札差


旗本・御家人の禄米を受取り換金して得る手数料が札差料だったが、次第に、旗本や御家人に蔵米を担保にして金を用立てる金融業務が中心となる。
困った武士は、自分の蔵宿である札差に、支給される蔵米の受領・売却を委任し借金をします。札差は蔵米の支給日に、米を売却した現金から手数料と借金の元利を差引き、残りを届けます。札差はこうした札旦那を何人も持つことで大きな力を持ちました。

蔵米の支給は、通例、2月と5月に4分の1ずつ、10月に残りの全部を渡すのを決まりとし、この2月、5月の分を春借米、夏借米と称し、10月の分を冬切米と呼んだ。

棄捐令2

棄捐令
幕府は、困窮に陥った旗本・御家人を見かね、救済のために、債権者である札差に対し、債権放棄・債務繰延べを求める棄捐令を発布した。
これにより札差は120万両にのぼる巨額の貸付が棒引きにされて、旗本、御家人は、ひと息つきましたが、金融業者である札差の損失は莫大となり、その後、消費、賑わいが失われ、新たな資金供給には慎重な姿勢となり旗本、御家人にとっては一時の凌ぎに過ぎませんでした。

幕府も、財政を乗り切るために、新田開発や米価維持のために、江戸への廻米の制限をして米価の維持に努め、享保7年には「上げ米の制」といわれる、大名に対して”石高1万石に対して100石の米を納めさせる”など財政の回復に取り組んだが、すでに幕藩体制は、金融経済の大きな渦に呑みこまれ、何度も救済策を出すほどに、自らの政策によって徐々に基盤は脆弱となっていきました。
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